大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)3181号 判決 1966年6月13日
原告 飯塚勇進
右訴訟代理人弁護士 大原篤
同 北逵悦雄
被告 西岡和三郎
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 加藤充
同 西本剛
右加藤訴訟復代理人弁護士 佐藤哲
<ほか二名>
被告 菊池正道
右訴訟代理人弁護士 東中光雄
右訴訟復代理人弁護士 小牧英夫
<ほか三名>
主文
1.被告西岡和三郎は、原告に対し、別紙物件目録第二記載の工作物および同目録第三記載の建物を収去し、同目録第五記載の建物から退去して、同目録第一記載の土地(以下本件土地と略称する)を明渡せ。
2.被告富田こしゑは、原告に対し、同目録第三、第五記載の建物から退去して、その敷地部分を明渡せ。
3.被告菊池正道は、原告に対し、同目録第四、第五記載の建物を収去して、その敷地部分を明渡せ。
4.訴訟費用は被告らの負担とする。
5.この判決は、原告において被告西岡和三郎に対し金一〇万円、同富田こしゑに対し金五万円、同菊池正道に対し金一〇万円を供託するときは、仮に執行することができる。
事実
一、原告訴訟代理人は、主文第1ないし第4項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として、次のとおり述べた。
1、原告は、本件土地を所有する。原告が本件土地を所有するにいたった経緯は、次のとおりである。
本件土地は、もと訴外増田富吉の所有に属していたところ、同訴外人は、昭和一六年三月一三日、訴外第一貯蓄信用組合(昭和二七年六月一二日第一貯蓄信用金庫と改称)(以下訴外金庫と略称する)から、弁済期昭和一七年三月一三日、利息年一割、遅延損害金日歩六銭の約定で金五万円を借受け、右貸金債務の担保として、本件土地を含む土地三筆につき抵当権を設定し、併わせて代物弁済の予約をした。その後、昭和三二年六月一二日、原告は、右訴外金庫から、同金庫が訴外増田に対して有する前記債権とともに、右抵当権並びに代物弁済予約上の権利を一括して代金一七九、五〇〇円で譲り受け、同月二八日、訴外増田に対し代物弁済予約完結の意思表示をなし、本件土地を含む土地三筆の所有権を取得した。
2 ところが、被告西岡は、本件土地上に別紙目録第二、第三記載の工作物および建物を所有し、本件土地上に存する同目録第五記載の建物に居住して、本件土地を占有し、被告富田は、目録第三、第五記載の建物に居住して、その敷地部分を占有し、被告菊池は、本件土地上に本件目録第四、第五記載の建物を所有して、その敷地部分を占有する。
3 よって、原告は、被告西岡に対し、別紙目録第二、第三記載の工作物および建物の収去と、同目録第五記載の建物からの退去とによる本件土地の明渡を、被告富田に対し、同目録第三および第五記載の建物からの退去によるその敷地部分の明渡を、被告菊池に対し、同目録第四、第五記載の建物の収去によるその敷地部分の明渡をそれぞれ求める。
二、被告西岡、同富田両名訴訟代理人は、「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の請求原因に対して、「本件土地がもと訴外増田の所有に属したことおよび主張のような代物弁済予約完結の意思が表示がなされたことは認めるが、原告が本件土地の所有者であることは争う。」と答え、
被告菊池訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、「別紙目録第四、第五記載の建物が被告菊池の所有に属することは認めるが、本件土地の所有者が原告であることは否認する。」と答えた。
三、被告西岡、富田訴訟代理人は、抗弁として、次のとおり述べた。
1、代物弁済予約完結権は、債権の消滅時効との権衡上、一〇年の「消滅時効」にかかると解されているが、売買一方の予約と同じく、一方当事者の恣意によって権利関係が不当に長く不安定ならしめられるのを避けるためにも、この場合右一〇年の「消滅時効」とは、一〇年の「除斥期間」を指すものと解すべきである。右の観点にたって本件を考察すれば、原告が訴外増田に対し代物弁済予約の完結権を行使したのは昭和三二年六月二八日であり、右日時は、前記債務の弁済期であり、且つ、右権利の行使が可能となった昭和一七年三月一三日から起算して、すでに一〇年を経過しているので、本件代物弁済予約完結権は、原告が右権利を訴外金庫から譲り受ける以前、すでに除斥期間の経過によって消滅していたものというべきである。
2、仮に、代物弁済予約完結権が一〇年の消滅時効にかかるとしても、前記1と同一の理由により、右予約完結権は、原告がこれを訴外金庫から譲り受ける以前、すでに時効によって消滅している。一方、被告西岡は、後述のごとく、訴外増田から本件土地を買受け所有することになったので、同訴外人に対して所有権移転の登記請求権を有するところ、同訴外人は現在無資力であり、且つこれに関心を示さないので、被告西岡は、右請求権を保全するため、同訴外人に代位して前記消滅時効を援用する。
3、仮に、以上の主張がすべて容れられないとしても、被告西岡は、昭和二二年、訴外増田から本件土地を買受け、その所有権を取得したのであって、不動産登記法第四、第五条により、右所有権の取得を原告に対抗しうるものである。即ち、被告西岡は、訴外増田から本件土地を買受けて後、同訴外人に対し所有権移転登記手続を求めていたが、訴外金庫名義の抵当権設定登記等を抹消したうえでということで、右登記手続を未了のままにしており、又訴外双葉製油株式会社も同じく訴外増田から本件土地に隣接した土地を買受けていたが、これも被告西岡の場合と同様の理由で、所有権移転登記を完了していなかった。ところが、被告西岡が、昭和三二年ごろ原告に対して右事情を説明したさい、原告は、被告西岡に対し、訴外増田および同金庫と折衝して、被告西岡および訴外双葉製油株式会社名義への所有権移転登記手続を経由せしめることを約束したので、被告西岡は、訴外増田との売買契約の公正証書および委任状等を原告に手交し、さらに、原告の調査により、訴外増田が本件土地を含む三筆の土地を金五万円の債務の担保として訴外金庫に差し入れ、元利合計金一〇万円に達していることが判明したので、訴外双葉製油にも一部立替を依頼して一〇万円を準備し、同年六月一〇日、原告に右金員を交付した。しかるに、原告は、被告西岡との前記約束に反し、大阪法務局天王寺出張所昭和三二年七月一日受付第一三、八八八号をもって、原告名義の所有権移転登記を経由してしまった。
以上のごとく、原告は、被告西岡のために真実所有権移転登記手続に関する交渉等を代行してやる意思もないのに、これあるごとく装って、その旨同被告を欺き、被告西岡から土地売買契約証書、委任状および金一〇万円を騙取し、剰え、擅に自己のため所有権移転登記を敢行し、もって詐欺行為により被告西岡への所有権移転登記申請手続を妨げたものであるから、原告の右所為は、不動産登記法第四条に該当する。
仮に、原告において当初から詐欺の意思がなかったとしても、原告は、被告西岡から同被告のため所有権移転登記の手続を委任されていたのであるから、不動産登記法第五条にいわゆる他人のため登記を申請する義務ある者である。
四、原告訴訟代理人は、被告西岡、同富田の抗弁3に対して、次のとおり答えた。
原告が本件土地につき大阪法務局天王寺出張所昭和三二年七月一日受付第一三八八八号をもって、原告名義の所有権移転登記を経由したことは認め、その余の主張事実を否認する。
五、原告訴訟代理人は、被告らの消滅時効の抗弁に対する再抗弁として、次のとおり述べた。
1、訴外増田は、訴外金庫に負う前記債務の弁済期(昭和一七年三月一三日)経過後、同金庫からの再三の債務履行の請求に対し、その都度債務、並びに同金庫に代物弁済予約完結権の存することを承認してきたほか、さらに昭和二六年頃、それまでの利息金並びに遅延損害金債務の代物弁済として、大阪市生野区大友町一丁目二五番地上所在木造瓦葺二階建居宅二戸建一棟(時価五万円相当)の所有権を訴外金庫に移転し、もって訴外金庫の債権および代物弁済予約完結権を承認したから、右代物弁済予約完結権の消滅時効は中断された。
2、仮に、右主張が認められないとしても、訴外増田は、昭和三二年六月一二日頃、原告が訴外金庫から前記債権とともに抵当権および代物弁済予約上の権利を譲り受けるにつき、右譲渡に対して異議を留めず承諾した。これは、結局時効の利益を放棄する旨の暗黙の意思表示に他ならない。
六、被告西岡、同富田訴訟代理人は、原告の再抗弁に対し、再抗弁事実は、いずれも否認する。訴外増田が原告、訴外金庫間の債権譲渡を承諾したことはない。仮に承諾したと認められるような事実があったとしても、その承諾をもって時効利益の放棄の黙示の意思表示であるということはできない。時効の利益を放棄するためには、放棄者が時効の完成した事実を知っていることが必要とされるところ、訴外増田は、昭和三二年六月当時、すでに本件土地を含む三筆の土地を被告西岡外数名に分割売買してしまっており、右土地の権利の帰趨について殆ど無関心であった上、訴外人の前記承諾は、予約完結権の譲渡についての承諾であり、譲受人たる原告に対して時効利益を援用しうるか否かを考慮してのものとはとうてい考えられないから、むしろ時効完成の事実を知らないで右譲渡の承諾をしたものと推定するのが相当である。
と答えた。
七、証拠≪省略≫
理由
一、原告の請求原因についての判断
本件土地がもと訴外増田冨吉の所有に属したこと、および原告が増田に対し昭和三二年六月二八日本件土地につき代物弁済予約完結の意思表示をしたことは、原告と被告西岡、同富田との間で争がなく、被告菊池は、右事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。又請求原因一、2の事実は、被告菊池の認めるところであり、被告西岡、同富田は、明らかにこれを争わないから、自白したものとみなす。
そこで、≪証拠省略≫によると、請求原因一、1のその余の事実がいずれも認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定および争のない事実によれば、原告の被告等に対する請求は、すべて理由がある。
二、被告西岡、同富田の抗弁および原告の再抗弁についての判断
1、両被告の抗弁三、1、2について
(一) 代物弁済予約完結権は、形成権の一種であるけれども、右権利が消滅時効又は除斥期間の期間制限を受けるか否かの問題を解明するに当っては、代物弁済予約という制度の持つ実質的意味を考察する必要がある。
ところで、代物弁済の予約は、本来の債務の担保としての機能を有するのであるから、右予約完結権は、いわば被担保債権の従たる権利として、被担保債権が存続する限り存続し、右債権と独立して消滅することはないものと解する(又、時効の中断という面から見ても、本来の債務と離れて、予約完結権のみが中断されるという事例は、想定できない。)。
従って、前記1の抗弁は、この点において失当であり、2の抗弁は、代物弁済の対象となる本来の債務についての消滅時効の問題として、判断を進める。
(二) 前に認定した請求原因一、1の事実によれば、右代物弁済の対象となる本来の債務は、増田冨吉が昭和一六年三月一三日第一貯蓄信用組合より弁済期を昭和一七年三月一三日として借用した金五万円の債務であるから、その消滅時効期間は一〇年というべきであり、右債権の譲受人である原告が増田に対し代物弁済予約完結の意思表示をしたのが時効期間経過後の昭和三二年六月二八日であることは、前記争のないところである。
被告西岡は、増田に対して有する本件土地の所有権移転登記請求権を保全するため、増田に代位して右消滅時効を援用すると主張し、≪証拠省略≫によると、同被告が昭和二二年春増田から本件土地のうち一二七坪を買い受け、未だ所有権移転登記を経由していないことが認められる。
この場合、消滅時効により直接義務を免れ、本件土地につき代物弁済の無効を主張し得る者は、増田であるが、同人から本件土地の一部を買い受け、右消滅時効により増田に準じて利益を受ける地位にある被告西岡も、債権者代位権によることなく(右土地の所有権移転登記を経由したと否とに拘りなく)、自ら消滅時効を援用できるものと解する。
従って、被告西岡の抗弁2は、理由がある。
被告富田は、前記争のないとおり、本件地上家屋(別紙目録第三、第五)の居住者にすぎず、右家屋の占有権限につき何等の主張も立証もしない。従って、同被告は、前記消滅時効の援用権者たり得ないのみならず、債権者代位権により保全されるべき権利が認められないのであるから、同被告の抗弁は、理由がない。
2、原告の再抗弁五、2について
≪証拠省略≫によると、訴外増田は、前記消滅時効完成後の昭和三二年六月一二日頃、原告が訴外金庫から前記債権とともに抵当権および代物弁済予約上の権利(代物弁済予約完結権)を譲り受けるにつき、原告および訴外金庫に対して、右各譲渡を承諾したことが認められる。≪証拠認否省略≫
ところで、時効制度の趣旨に鑑みるならば、時効の完成後に債務の弁済・承認があった時は、時効の利益を放棄するのではないという格別の留保がない限り、これによって時効の利益を放棄したこととなり、右弁済・承認につき時効の完成した事実を知っていたか否かは問わないものと解するのが相当である。本件の場合、前記≪証拠省略≫によれば、同人は、昭和三二年六月右債権譲渡を承諾した当時、譲渡債権の消滅時効が完成していた事実を知らなかったことが認められる。しかし、前記格別の留保をしたことは、右事実から推認できないのみならず、本件全証拠によるも、これを認めることができない。
そうだとすれば、訴外増田は、前認定のごとく、債権譲渡を承諾したことにより、譲渡債権につき消滅時効の利益を放棄する旨の意思を表示したものと解釈できる。そして、前認定のように、原告は、同月二八日、訴外増田に対し、代物弁済予約完結権を行使したが、右時効の利益の放棄から右予約完結権の行使までに、該権利の消滅時効が完成していないことは明白である。
以上の次第であるから、結局、原告の再抗弁五、2は理由があり、被告西岡の消滅時効の抗弁は採用できない。
3、被告西岡、同富田の抗弁三、3について。
原告が本件土地につき、大阪法務局天王寺出張所昭和三二年七月一日受付第一三、八八八号をもって、原告名義に所有権移転登記を了したことは、当事者間に争いがなく、被告西岡が、昭和二二年春、訴外増田から本件土地のうち一一七坪を買受けたことは、前記認定のとおりである。
そして≪証拠省略≫を綜合すると、被告西岡は、前記土地買受後、売主の訴外増田に対し買受土地の所有権移転登記手続を求めていたが、同訴外人が、前記認定のごとく、訴外金庫から金五万円を借受け、本件土地を含む土地三筆につき抵当権を設定し、且つ代物弁済の予約を結んでいたため、本件土地につき、登記簿上、抵当権設定登記並びに所有権移転請求権保全の仮登記が存したことなどの関係で、所有権移転登記手続を経由することができず、訴外双葉製油株式会社も訴外大谷秋正から本件土地に隣接する土地(大阪市生野区中川町四丁目一四番地の二)を買受け、訴外増田に対して所有権移転登記手続を請求していたが、これまた被告西岡と同様の理由により登記手続を経由しえなかったこと、原告は、昭和三一年一月頃、訴外深田祥照から、同訴外人が被告西岡に対して有していた売掛債権金四五〇万円を金一六七万円で譲り受け、同年一月一〇日、右四五〇万円の債権につき被告西岡との間に公正証書(大阪法務局所属西村初三作成更第四、一六五号)を作成し、右公正証書の執行力ある正本に基き昭和三一年七月頃、同年一二月頃および昭和三二年一二月頃、被告西岡所有の不動産、債権などに対し強制執行手続をとり、あるいは同被告に対し任意の弁済を迫ったが、いずれも所期の目的を達することができなかったこと、このため原告は、昭和三二年五月頃、たまたま被告西岡から、同被告が訴外増田より本件土地の一部を買受けたことを聞知するにおよび、右事実を確かめるべく同訴外人と面談した結果、右事実が真実であり、且つ同訴外人が訴外金庫に負う金五万円の債務の担保として本件土地を含む三筆の土地につき、抵当権を設定し、代物弁済の予約を結び、その旨登記の経由を了していたことを確認するにいたったこと、そこで原告は、前記認定のごとく、訴外金庫に交渉し、昭和三二年六月一二日、同金庫から右抵当権付債権を代物弁済予約上の権利とともに代金一七九、五〇〇円で譲り受け、同月二八日、訴外増田に対し代物弁済予約完結の意思表示をなし、本件土地を含む三筆の土地の所有権を取得し、同年七月一日前記所有権移転登記手続を経由したことを認めることができる。
しかし、右認定の事実によっても、被告西岡、同富田が主張するような詐欺による登記妨害の事実若しくは登記手続の委任の事実を推認することはできない。≪証拠判断省略≫
結局、被告西岡、同富田主張の事実は、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないから、同被告らの抗弁は理由がなく、到底採用のかぎりではない。
三、結論
よって、被告西岡、同富田の抗弁は全部理由がなく、原告の被告らに対する本訴請求はすべて理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千葉実二 裁判官 宍戸清七 裁判官油田弘佑は、転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 千葉実二)